ケラのこと   受賞オメデト   1999/02/16記事 

1999/02/16付:読売新聞:夕刊(画像版はこちら



“この人と60分”
第43回岸田国士戯曲賞受賞の ケラリーノ・サンドロヴィッチ


 劇作家の登竜門とされる岸田国士戯曲賞。だか少し前まで、「岸田賞をとると、かっこ悪いな」と思っていた。高校時代は演劇部に所属し、別役実や清水邦夫、ハロルド・ピンターらの戯曲にあこがれた演劇青年だった。しかし、専門学校へ進んだ時、パンクロックと出合い、その創作スタイルに心酔した。
 「パンクロックは、テクニックを必要としません。衝動的な感情の高ぶりの中で音楽を生み出し、完成されたものを壊していく」。その表現活動の延長で、芝居も上演していた。
 「既成の演劇なんか大したことない、というスタンスからでした。だから、岸田賞を受け取る今の僕を、昔の僕が見たら何て思うかな」と自らを距離を置いて見た上での、かっこ悪さだ。
 しかし、受賞の報に、劇団仲間が喜びをあらわにしてくれた。まるで自分が受賞したかのような笑顔、笑顔に接し、「以前の僕は、ひっかき回していただけ。それほど演劇を愛していなかった」と素直に喜べる自分が見つかった。
 「ミイラ取りがミイラになったようですが」と照れながら、「演劇は面白いし、まだまだ奥が深い。(受賞を)自信にして、いろんな芝居に挑戦していきたい」と言う。金色に染めていた髪も、すっかり黒くなっている。
 受賞作「フローズン・ビーチ」は、カリブ海と大西洋の間に浮かぶ孤島に集まった、四人の女性のサスペンス劇。理由のはっきりしない殺意が基調となり、暗い衝動が充満する中で物語が展開する。しかし、最後まで殺人は起こらない。「せりふがふるっている」や「若者たちが集まる渋谷のセンター街を思わせる社会の表層を戯曲にすくい取り、現代を表現した」点が高く評価された。
 「自分もまだ若い世代に片足を突っ込んでいると思っているので、客観的には言い表せませんが」と前置きした上で、「昔は目的があって殺人があった。でも今は無差別に殺人が起きる。そのとどめは地下鉄サリン事件でした」。
 戯曲の設定の一つに、一九九五年がある。オウムの事件が起きた年だ。
 「仮面ライダーに登場する悪の組織・ショッカーが現実にいるんだ、と驚きました。漫画のような恐ろしさが潜む社会で生きていかなければならない、という現実を突きつけられた」
 表現者としては、こうした現実にまさる虚構を作ることが出来るか、という大問題も突きつけられた。
 「事件を起こしてしまうと、結論に向かって物語を進めなければならなくなってしまう。それよりも、永遠に解決しそうもないことを、丁寧に書き、登場人物の変化を観客と共有することの方がリアルに感じられはしないか」
 得意とするナンセンスコメディーから離れ、この三、四年ほど、青春群像劇や不条理劇など様々な芝居に挑んできたが、結論はまだ出ない。しかし、一条の光は差し込んできた。
 「表現者は、自信を持って、自分をさらけ出すしかない。観客は、その強さを劇場で感じ取っています。媚びずに、でも、お客さんを信頼して、書き続けたい」
 劇団健康を経て、現在、ナイロン100℃を主宰する。東京出身。本名は小林一三で、筆名は愛称の「ケラ」をもじって作った。三十六歳の若さだが、二年後には、五十作目を上演する予定。まっすぐに、猛ピッチで芝居作りを楽しんでいる。



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