ケラのこと   受賞オメデト   1999/04/08記事 

1999/04/08付:毎日新聞:夕刊(画像版はこちら



“創造最前線”
第43回岸田国士戯曲賞を受賞 ケラリーノ・サンドロヴィッチ


 演劇界の芥川賞と言われる岸田賞を、初めてカタカナ名前だけの劇作家が受賞した。ファンならよくご存じ、愛称「ケラ」、本名・小林一三である。
 ロックバンド「有頂天」時代からケラの名前で活躍、1980年代に演劇で作・演出を手掛けるようになって、今の長ったらしいペンネームに変えた。主宰する劇団(劇団健康、解散して現在はナイロン100℃)の名と同様に、軽やかなおかしみがある。
 受賞作は「フローズン・ビーチ」。カリブ海と大西洋の間にある孤島のレジャー施設で、ミステリー仕立ての喜劇が展開する。若い日本人女性の悪意と殺意が印象的で、今の時代の気分がよく描かれている。授賞式で選考委員の別役実は「ふわふわした日本の現実を、ふわふわのまま描いた。オムレツでもふわっと仕上げるのは難しい」と別役流に評価した。
 ナイロン100℃がケラの岸田賞受賞後第1作として、13日まで東京・新宿駅南口のスペース・ゼロで「薔薇と大砲〜フリドニア日記♯2」を上演している。架空の街「フリドニア」を舞台にした、笑いと狂気と不可思議に満ちたブラックファンタジーだ。犬山犬子、みのすけらの常連メンバーに、レコード大賞新人賞を受賞した「たま」が客演、「デキソコナイの行進」など奇妙に透明で心がなごむ歌を披露している。
 公演後、ケラは語る。
 「2年前に松尾スズキさんが岸田賞を受賞した時、僕はスピーチで『僕にも下さい』と言ったんですが、本当に頂けた(笑い)。松尾さんと僕は表現の仕方は違うものの、演劇で自分だけしかやれないものをやろうとしている意識は共通していると思います」
 松尾とケラの2人の芝居に確かに通うものが多い。ポップな明るい残酷さ。ナンセンスな笑いが、いつの間にか、悪夢に転じてしまう。狂気、異形の登場。あけすけな性の語らい。「キレル」「ムカツク」の現代若者たちの気分がよく分かるのも共通する。
 「松尾さんは大暴れしているようで、ストイックなところがあります。僕も、客に受けると思っても、はしゃぎ過ぎないよう、役者にクギをさすのが仕事です」
 松尾の深さに比べると、ケラの世界は軽やかで、より都会的かもしれない。
 「『薔薇と大砲』もそうですが、僕の舞台はアンハッピーなハッピーエンドの感じのものが多い。悪いことばかり起こるけれど、たまの歌のように、これからも頑張ってみるか、が僕にとって説得力がある」
 影響を受けた人として、別役実、赤塚不二夫、筒井康隆の3人を挙げる。
 特に別役作品は、「言葉のずれ、人と人との距離感が好き。褒め言葉として使うのですが、『よくもこんな下らないこと考えるな』と感心します」。
 だから、別役の文学性を強調する従来の演出法には反対で、2年前に青山円形劇場で別役作品の特別企画があった時、ケラが演出した作品だけが、会場の大爆笑を誘った。
 公演期間中は連日、劇場に通い、役者に前日の舞台を踏まえ細かくダメを出す演出家である。36歳。来年は映画作りに挑む予定だ。



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